日々おもうこと

根性論

若いころ「根性を入れかえろ」と怒鳴られ修行したものでしたが、このところ、「ど根性」では人の指導はできません。 そもそも根性という言葉の意味が違っています。根性とはその人が生まれ持った性質という意味です。本来は仏さまの教えを受け入れる能力がど…

掲示板

おこられるから ダメ ではなくて ダメ だから ダメ

思いどおり

昔、たいそう繁盛しているお店の、親切でしとやかで、評判のよい女主人がいた。そこで働いていた男が、あるじの親切な姿が本心なのかを確かめたくなり、なかなか起きずに、昼頃にようやく顔を見せることで試すことにした。女主人はくり返し遅刻をする男に機…

がらんどう

何もないことを「がらんどう」といいます。伽藍(がらん)とはお寺の本堂などの建物のことです。大きな建物に仏さまのみがある伽藍のようすが、何もないことに転じていったといわれます。 伽藍の仏さまの前は、結婚式や赤ちゃんの日晴れなどの喜び、厄払いや…

いろいろな仏事

み仏の世界より出でて、人生を謳歌し、再びみ仏の世界へと立ち帰る私の生命。 東漸寺では、その節目の行事をご本尊さま、ご先祖さまの御前で行っています。 日晴 生後、一ヶ月頃(例えば男児30日目、女児31日目など)に、無事に育ち始めたお祝い、並びに母親…

一隅を照らす

お大師さまと同じ時代に仏教をひろめた方に、比叡山の伝教大師最澄さまがおられます。その有名なお言葉です。 「一隅を照らす者、かれこそ国の宝である」 私たちは日々の暮らしの中で、何のために生きているのか、いてもいなくても世の中は変わらないのでは…

秋のお彼岸法要

主観とは、自分一人のものの見方、感じ方です。自分らしく生きるには、感情をいかに豊かにするかは大切で、それによってものごとの感じ方は十人十色となります。しかし、ある問題に対してのとらえ方が違えば、対立が起きてきます。問題がこじれないためには…

因縁

脱原発ができるならば、それはすべての人の共通の思いです。声高に表現できる人もいれば、今までの仕事や環境によっては、思いを表現するのに時間がかかる人もいます。もしかしたら、その人の「一生」だけでは消化できずに、世代が変わらなければ言えない場…

ほとけさま

義捐金の行方について、あれこれと考える方がいます。何に使われているのか、報告はあるのか、分配が遅いのではないか、などなど。もちろん、今の世の中、とんでもない詐欺がありますから、仕方がないことかもしれません。しかし、自分が投じたお金はすでに…

きづな

一年を表す漢字として「絆」が選ばれました。人と人の結びつき、助け合う心を示すあたたかい言葉として使われていますが、この漢字のもともとの意味は、動物をつなぎ止めておく綱とあり、不自由な意味合いを持ちます。 震災五日後、島瀬公園で街頭募金をしま…

懺悔の文

お経の始まりは懺悔の文を読みます。 我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡 従身語意之所生 一切我今皆懺悔 {意味} 私が昔から作ってきたさまざまな悪い行いは、遠い過去から積み上げられた、むさぼりの心・怒りの心・真理を知らない心により、身体・言葉・心(…

無量のこころ

一般的な数の単位は、一十百千万億兆とつづき、あまり見慣れませんが、京、垓、𥝱(秭)、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議とあり、もっとも大きいものを無量大数といいます。 仏教のことばでの無量心とは、広大でどこまでも成長し…

しあわせ

どんな人でも、単独で暮らしているのではなく、常に人と人の関係の中で生きているのが、私たち「人間」です。宗教や文化も違う国と国がお付き合いしていくためには、条約が必要なように、人間同士の関係を正常に保つためには、ルールが必要です。その場の感…

開山忌

国が統一されて久しくたつと、必ず争いが起きるのが世の常です。九百年ほど昔、平安の世は終わりを迎え、武力により事を鎮めていく時代が訪れます。権力者が保身に走ると、世の中は荒れていきます。 その時代に生きた興教大師覚鑁上人という方は、弘法大師の…

いま生命あるは あり難し

私たちは人として生まれたことを、当たり前として生きてしまいがちです。人まかせで目的も一貫せず、眼前の「楽」を追う私たちが、限りある命を生かしきっているのか、お釈迦さまは深い思慮を求め、問いかけます。 人の生をうくるは かたく やがて 死すべき…

苦しいこと

悪いことばかりおこって、何かのたたりなのでしょうか?と聞かれることがあります。悪いこととは、つまり「苦」という状態です。人はなぜ苦を感じるのか?答えは簡単で、生きていることそのものが「苦」であると、お釈迦さまは説かれます。 たとえば、おいし…

無為

子供が、寝ころがりだらだらしている様子は、家事に追われる親から見れば、無駄の極みです。しかし、人間は何もしない時間があるからこそ、空想や想像、また内省をします。生産性から観れば無駄でも、生き方としては有意義な時間です。 しかも、人は一生とい…

きれいな月

きれいな月を ずっと 見あげていた いやなこと 何だったっけ

善い行い

お釈迦さまがお生まれになった二千五百年前に書かれたお経に「この世の中は暗黒である。善い行いの理を見分ける人は少ない。網から逃れた鳥のように、天に至る人は少ない」とあります。昔々から世の中が混迷していることをお経は伝えます。 時代の雰囲気が悪…

開山忌

近年、「地域」というキーワードのもと、何かとイベントは多いのですが、深く個人を見つめ直す機会は少なくなっています。 子供を取り囲む環境も、クラブ活動、習い事など資質をのばす教育は充実しましたが、家族としてのあり様、年齢に相応した心身の確立な…

厄年

厄年とは、わざわいが多いであろうとされる年齢のことです。仏教の哲学にもとづくものではなく、日本人の長い暮らしの中で、さまざまな思考や習慣などが組みあわさり、言い伝わってきたものです。近年では、厄年の数が増えている暦も多いですし、意味もない…

観音さま

観音さまとは、「観世音菩薩」あるいは「観自在菩薩」というお名前の仏さまの略称です。キヤノンという会社がありますが、戦前に前身となる会社の開発者が、ドイツ製カメラに劣らないものをと設計試作したカメラに、観音さまにあやかり、カンノン(KWANON)と…

亡き方のため

十九歳の夏、私は初めて京都のお寺に行き、修行者のはしくれとなっていました。暑い日々をこなしていると、幼い頃から知っていた父の友人であるお坊さんから、「さぞ、暑かろう」と、励ましのお葉書を頂きました。 当時の私はまだまだ幼く、目上の方が云う理…

木魚

木魚は、お経を読むときに、調子をとるために、たたく仏具です。中国の宋時代に禅寺で使われはじめたといわれ、日本へは室町時代に伝えられました。なぜ魚の形なのかは、さまざまなお話があります。一説には魚が昼夜を問わずに目を開けていることから、居眠…

ものの興廃

古書を整理しているときに、戦時中の一通の手紙が出てきました。差出人は長崎県 内政部長 様。消印は昭和20年6月25日です。国は戦時下で、爆薬の原料として樟脳を集めており、東漸寺の楠木も供出の要請があり、当時の住職は、保護を求めて長崎県に手紙…

諸行無常

諸行無常、または無常という言葉は生活の中で、耳にする事があります。これは仏さまの言葉で、万物は常に変転してやむことがない、すなわち、作られたものは移り行くということなのです。 椿の花がポトリと落ちたり、紅葉が、はらはらと散るさまに無常を感じ…

発掘調査

数年後、お寺から西へ一キロの場所に西九州道路I.C.が供用されます。現在周辺の発掘調査が行われており、縄文から近世までの幅広い埋蔵品が出土しています。東漸寺へも関連の調査がありました折りに、貴重な品々を見せていただきました。下本山トンネル付近…

身花  身美

身を美しく飾ると書いて、「しつけ」と読みます。この文字は日本で作られた国字で、この字の他に、身に花と書いて「しつけ」と読ませていたそうです。私はこの身に花の字が好きです。花はそれぞれに美しい色があります、赤は赤なりに、白は白なり、黄色は黄…

穀の縁に遇うがごとし(弘法大師)

七月初旬、近年の子供の事件を契機として、県教委主催「長崎っ子の心を見つめる」教育週間がありました。お寺にも要請があり、小中学生合同で、本堂で地域の歴史を味わう集いを開き、千三百年の歴史をもつ道である、奥の院までの山道を歩きました。身近な歴…

武器

残念なことに、戦争が身近な出来事として感じられるようになってきました。 お釈迦さまの時代、古代インドでも争いは絶えなかったようです。現在のように大量破壊兵器はなかったでしょうが、自在に敵を倒すための道具として、様々な武器が作られました。 さ…