日々おもうこと

野の花に

私の叔父は旧制中学校を卒業した後、僧侶となるべく東京石神井にあった智山専門学校へ進みました。この学校は大正大学へ統合。昭和18年、学徒動員で出兵をし、19年春にマニラ沖の輸送船で戦死をしました。戦後、私の父が意思を継ぎ大学へ進み、お寺を守るこ…

夏休みがおわりますね

夏休み最後の日曜日のご法事。お家に着くと、小学5年生のお姉さん、3年生の長男坊主、1年生の末っ子の三兄弟が待っていてくれました。ちょっと離れたところに住んでいるので、久しぶりに会うと、それぞれの成長がまぶしいです。 今日はこの子たちのお祖父…

お盆をおむかえします

今年もお盆が来ます。 大きな行事をひかえ、ひとりコツコツと準備をします。毎年の決まったことをする時、たとえば施餓鬼棚を組む時、五如来の旗をつくる時、そういうふとした瞬間に、父はもういないのだなと、つくづく感じます。 忙しい早くしないとと、も…

みろくぼさつ

弥勒菩薩は、お釈迦さまの教えがとどかなくなる頃に、人々を救うといわれる仏さまです。サンスクリット語ではマイトレーヤで、これは「慈しみ」を語源としています。あらゆる人々の幸せを望む心がその本体であり、実践するためにずっと修行をされているので…

薬師如来

平らかなる一年でありますことを、ご本尊さまの前でお祈りをしております。東漸寺の御本尊、薬師如来は、七百年昔に造られて以来、この地をお守りする仏さまとして伝えられています。平成の大修理が終わり、初めてのお正月を迎えました。 薬師如来は、病を治…

お涅槃

2月15日、今日はお釈迦さま入滅の日、常楽会です。3月彼岸会まで涅槃図を拝めるようにしていますので、お参りください。 お釈迦さまの説法に感激をしたチュンダという方が、たくさんの料理でおもてなしをしました。しかし、そのお料理がもとでお釈迦さま…

思うようにならない

思うようにならないことで、ストレスを感じます。 そもそも、生まれることも、歳を重ねることも、病になることも、やがて死にいくことも、自分の思うようにはなりません。 自身が思うようにならないのに、人が思うようになるはずがありません。 愛する人とは…

おっくうなお話

お写真は除夜の鐘のようすです。寒い中長い時間お待たせしてしまいますが、必ず一回づつ撞いていただきます。さて、長い時間のお話です。 気乗りがしないことをするのは、おっくう(億劫)なことです。「劫」とはサンスクリット語でカルパという時間の単位で…

お巡り

お巡(めぐ)りさんが着る白衣を、笈摺(おいずる)といいます。 笈(おい)とは、ほとけさまや身の回りの品を背負う箱で、背負子に箱が組み合わさったようなものですね。これを背負うときに、衣が摺(す)れないように着ていたものが本来です。 笈摺には、…

岩問山(いわとさん)

お寺から東南の方向に東漸寺の山林があり、古道を15分ほど登ったところが、奥の院、岩問山(いわとさん)です。和銅年間(708年)に行基菩薩により開かれたと伝えられ、佐世保での霊山としてはもっとも古い時代のものとなります。寛和2年(986年)…

門松が建ちました

お寺のすべてを知り尽くし、先代から現住にいたるまでお寺を支え続けていただいた方がいらっしゃいました。毎年の門松も材料の調達から建込みまで一手に受けて頂いていましたが、この夏をむかえようとするころ、急なお別れとなりました。 その意志はしっかり…

一心に祈る

興教大師 板絵 江戸期 開山忌は興教大師覚鑁上人の御祥忌です。弘法大師が入定されてから約三百年後、弘法大師のみ教えを大切に守り伝える努力をされた方です。 お生まれは現在の佐賀県鹿島市。蓮厳院という寺で幼少に修業をされ、京都仁和寺、高野山へと上…

お盆をむかえました

お盆は ご先祖さまが帰ってこられることをもって 生きる私たちが集うひとときです 集いを良いものとするには お互いを認め合うことにつきます 家庭は心と心がもっとも近く触れあって住むところであるから むつみあえば花園のように美しいが もし心と心の調和…

あれから

東日本大震災から3年がたちます。 梵鐘をならし、おつとめをいたします。 今日は、ただただ、お祈りの日といたします。

ありがとう

「人の生をうくるは難しく、やがて死すべきものの、今、生命あるは、有り難し。」 お釈迦さま 私が今の世に生まれ育つには、さまざまなつながりがあります。嫌なこと、きついことこそが私の成長に欠かせないものであるのに、好きなものだけ、楽なことだけを…

おもてなし

「おもてなし」という言葉があります。人の関係をあたたかくするたいせつな行いです。 本来「おもてなし」とは、相手をおもんぱかり、心地良くしていただくために、言葉に出さずに、ひそかにするさまざまな行いのことです。サービスという言葉には、主人と従…

開山忌報恩講がおわりました

開山忌報恩講が終わりました。布教師様としてお迎えした、寳性寺 ご住職 相川孝巠僧正。長年、御詠歌をまとめてこられました。 身と口と心の一致を願う三密修行。御詠歌は、口から発する仏さまの言葉として、とてもよい行いとなりますよ、とのお話でした。 …

根性論

若いころ「根性を入れかえろ」と怒鳴られ修行したものでしたが、このところ、「ど根性」では人の指導はできません。 そもそも根性という言葉の意味が違っています。根性とはその人が生まれ持った性質という意味です。本来は仏さまの教えを受け入れる能力がど…

掲示板

おこられるから ダメ ではなくて ダメ だから ダメ

思いどおり

昔、たいそう繁盛しているお店の、親切でしとやかで、評判のよい女主人がいた。そこで働いていた男が、あるじの親切な姿が本心なのかを確かめたくなり、なかなか起きずに、昼頃にようやく顔を見せることで試すことにした。女主人はくり返し遅刻をする男に機…

がらんどう

何もないことを「がらんどう」といいます。伽藍(がらん)とはお寺の本堂などの建物のことです。大きな建物に仏さまのみがある伽藍のようすが、何もないことに転じていったといわれます。 伽藍の仏さまの前は、結婚式や赤ちゃんの日晴れなどの喜び、厄払いや…

いろいろな仏事

み仏の世界より出でて、人生を謳歌し、再びみ仏の世界へと立ち帰る私の生命。 東漸寺では、その節目の行事をご本尊さま、ご先祖さまの御前で行っています。 日晴 生後、一ヶ月頃(例えば男児30日目、女児31日目など)に、無事に育ち始めたお祝い、並びに母親…

一隅を照らす

お大師さまと同じ時代に仏教をひろめた方に、比叡山の伝教大師最澄さまがおられます。その有名なお言葉です。 「一隅を照らす者、かれこそ国の宝である」 私たちは日々の暮らしの中で、何のために生きているのか、いてもいなくても世の中は変わらないのでは…

秋のお彼岸法要

主観とは、自分一人のものの見方、感じ方です。自分らしく生きるには、感情をいかに豊かにするかは大切で、それによってものごとの感じ方は十人十色となります。しかし、ある問題に対してのとらえ方が違えば、対立が起きてきます。問題がこじれないためには…

因縁

脱原発ができるならば、それはすべての人の共通の思いです。声高に表現できる人もいれば、今までの仕事や環境によっては、思いを表現するのに時間がかかる人もいます。もしかしたら、その人の「一生」だけでは消化できずに、世代が変わらなければ言えない場…

ほとけさま

義捐金の行方について、あれこれと考える方がいます。何に使われているのか、報告はあるのか、分配が遅いのではないか、などなど。もちろん、今の世の中、とんでもない詐欺がありますから、仕方がないことかもしれません。しかし、自分が投じたお金はすでに…

きづな

一年を表す漢字として「絆」が選ばれました。人と人の結びつき、助け合う心を示すあたたかい言葉として使われていますが、この漢字のもともとの意味は、動物をつなぎ止めておく綱とあり、不自由な意味合いを持ちます。 震災五日後、島瀬公園で街頭募金をしま…

懺悔の文

お経の始まりは懺悔の文を読みます。 我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡 従身語意之所生 一切我今皆懺悔 {意味} 私が昔から作ってきたさまざまな悪い行いは、遠い過去から積み上げられた、むさぼりの心・怒りの心・真理を知らない心により、身体・言葉・心(…

無量のこころ

一般的な数の単位は、一十百千万億兆とつづき、あまり見慣れませんが、京、垓、𥝱(秭)、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議とあり、もっとも大きいものを無量大数といいます。 仏教のことばでの無量心とは、広大でどこまでも成長し…

しあわせ

どんな人でも、単独で暮らしているのではなく、常に人と人の関係の中で生きているのが、私たち「人間」です。宗教や文化も違う国と国がお付き合いしていくためには、条約が必要なように、人間同士の関係を正常に保つためには、ルールが必要です。その場の感…

開山忌

国が統一されて久しくたつと、必ず争いが起きるのが世の常です。九百年ほど昔、平安の世は終わりを迎え、武力により事を鎮めていく時代が訪れます。権力者が保身に走ると、世の中は荒れていきます。 その時代に生きた興教大師覚鑁上人という方は、弘法大師の…

いま生命あるは あり難し

私たちは人として生まれたことを、当たり前として生きてしまいがちです。人まかせで目的も一貫せず、眼前の「楽」を追う私たちが、限りある命を生かしきっているのか、お釈迦さまは深い思慮を求め、問いかけます。 人の生をうくるは かたく やがて 死すべき…

苦しいこと

悪いことばかりおこって、何かのたたりなのでしょうか?と聞かれることがあります。悪いこととは、つまり「苦」という状態です。人はなぜ苦を感じるのか?答えは簡単で、生きていることそのものが「苦」であると、お釈迦さまは説かれます。 たとえば、おいし…

無為

子供が、寝ころがりだらだらしている様子は、家事に追われる親から見れば、無駄の極みです。しかし、人間は何もしない時間があるからこそ、空想や想像、また内省をします。生産性から観れば無駄でも、生き方としては有意義な時間です。 しかも、人は一生とい…

きれいな月

きれいな月を ずっと 見あげていた いやなこと 何だったっけ

善い行い

お釈迦さまがお生まれになった二千五百年前に書かれたお経に「この世の中は暗黒である。善い行いの理を見分ける人は少ない。網から逃れた鳥のように、天に至る人は少ない」とあります。昔々から世の中が混迷していることをお経は伝えます。 時代の雰囲気が悪…

開山忌

近年、「地域」というキーワードのもと、何かとイベントは多いのですが、深く個人を見つめ直す機会は少なくなっています。 子供を取り囲む環境も、クラブ活動、習い事など資質をのばす教育は充実しましたが、家族としてのあり様、年齢に相応した心身の確立な…

厄年

厄年とは、わざわいが多いであろうとされる年齢のことです。仏教の哲学にもとづくものではなく、日本人の長い暮らしの中で、さまざまな思考や習慣などが組みあわさり、言い伝わってきたものです。近年では、厄年の数が増えている暦も多いですし、意味もない…

観音さま

観音さまとは、「観世音菩薩」あるいは「観自在菩薩」というお名前の仏さまの略称です。キヤノンという会社がありますが、戦前に前身となる会社の開発者が、ドイツ製カメラに劣らないものをと設計試作したカメラに、観音さまにあやかり、カンノン(KWANON)と…

亡き方のため

十九歳の夏、私は初めて京都のお寺に行き、修行者のはしくれとなっていました。暑い日々をこなしていると、幼い頃から知っていた父の友人であるお坊さんから、「さぞ、暑かろう」と、励ましのお葉書を頂きました。 当時の私はまだまだ幼く、目上の方が云う理…

木魚

木魚は、お経を読むときに、調子をとるために、たたく仏具です。中国の宋時代に禅寺で使われはじめたといわれ、日本へは室町時代に伝えられました。なぜ魚の形なのかは、さまざまなお話があります。一説には魚が昼夜を問わずに目を開けていることから、居眠…

ものの興廃

古書を整理しているときに、戦時中の一通の手紙が出てきました。差出人は長崎県 内政部長 様。消印は昭和20年6月25日です。国は戦時下で、爆薬の原料として樟脳を集めており、東漸寺の楠木も供出の要請があり、当時の住職は、保護を求めて長崎県に手紙…

諸行無常

諸行無常、または無常という言葉は生活の中で、耳にする事があります。これは仏さまの言葉で、万物は常に変転してやむことがない、すなわち、作られたものは移り行くということなのです。 椿の花がポトリと落ちたり、紅葉が、はらはらと散るさまに無常を感じ…

発掘調査

数年後、お寺から西へ一キロの場所に西九州道路I.C.が供用されます。現在周辺の発掘調査が行われており、縄文から近世までの幅広い埋蔵品が出土しています。東漸寺へも関連の調査がありました折りに、貴重な品々を見せていただきました。下本山トンネル付近…

身花  身美

身を美しく飾ると書いて、「しつけ」と読みます。この文字は日本で作られた国字で、この字の他に、身に花と書いて「しつけ」と読ませていたそうです。私はこの身に花の字が好きです。花はそれぞれに美しい色があります、赤は赤なりに、白は白なり、黄色は黄…

穀の縁に遇うがごとし(弘法大師)

七月初旬、近年の子供の事件を契機として、県教委主催「長崎っ子の心を見つめる」教育週間がありました。お寺にも要請があり、小中学生合同で、本堂で地域の歴史を味わう集いを開き、千三百年の歴史をもつ道である、奥の院までの山道を歩きました。身近な歴…

武器

残念なことに、戦争が身近な出来事として感じられるようになってきました。 お釈迦さまの時代、古代インドでも争いは絶えなかったようです。現在のように大量破壊兵器はなかったでしょうが、自在に敵を倒すための道具として、様々な武器が作られました。 さ…

八祖大師

真言宗の教えは、お釈迦さまが残された教えの数々を編纂した『大日経』『金剛頂経』の二つの教典が基本となります。その教えは、師からの口伝えが欠かせません。お大師さまが生死をかけて中国に渡られたのは、師を求めてのことでした。弟子に入ると決まりを…

八祖大師

第一祖 龍猛菩薩は南インドに誕生し、南インドの鉄塔に納められた金剛頂経を授かり、仏の教えを全インドにひろめました。 第二祖 龍智菩薩は優れた能力を持ち、その徳は全インドにあまねく、名声は十万に聞こえたといわれます。 第三祖 金剛智三蔵は、弟子不…

自由

「自由」という言葉がよく使われます。自由(自らに由る)というこの言葉、辞書には「他からの束縛を受けず、自分の思うままにふるまえること」などの意味が解かれています。 自分の思うままにふるまった結 、他人に迷惑をかけるようでは、自由にしていると…