日々おもうこと

クスノキ千年計画のはじまり

東漸寺の大クスは樹齢およそ500年といわれ、いや、50年前にもそう云われていましたから、正確に言うと550年となるのでしょう。そういう人間の細かいこだわりなど忘れるくらい大きく、伸びやかに枝を伸ばす巨木です。幹周9メートル、樹高20メートル。その長い…

野の花に

私の叔父は旧制中学校を卒業した後、僧侶となるべく東京石神井にあった智山専門学校へ進みました。この学校は大正大学へ統合。昭和18年、学徒動員で出兵をし、19年春にマニラ沖の輸送船で戦死をしました。戦後、私の父が意思を継ぎ大学へ進み、お寺を守るこ…

夏休みがおわりますね

夏休み最後の日曜日のご法事。お家に着くと、小学5年生のお姉さん、3年生の長男坊主、1年生の末っ子の三兄弟が待っていてくれました。ちょっと離れたところに住んでいるので、久しぶりに会うと、それぞれの成長がまぶしいです。 今日はこの子たちのお祖父…

お盆をおむかえします

今年もお盆が来ます。 大きな行事をひかえ、ひとりコツコツと準備をします。毎年の決まったことをする時、たとえば施餓鬼棚を組む時、五如来の旗をつくる時、そういうふとした瞬間に、父はもういないのだなと、つくづく感じます。 忙しい早くしないとと、も…

みろくぼさつ

弥勒菩薩は、お釈迦さまの教えがとどかなくなる頃に、人々を救うといわれる仏さまです。サンスクリット語ではマイトレーヤで、これは「慈しみ」を語源としています。あらゆる人々の幸せを望む心がその本体であり、実践するためにずっと修行をされているので…

薬師如来

平らかなる一年でありますことを、ご本尊さまの前でお祈りをしております。東漸寺の御本尊、薬師如来は、七百年昔に造られて以来、この地をお守りする仏さまとして伝えられています。平成の大修理が終わり、初めてのお正月を迎えました。 薬師如来は、病を治…

お涅槃

2月15日、今日はお釈迦さま入滅の日、常楽会です。3月彼岸会まで涅槃図を拝めるようにしていますので、お参りください。 お釈迦さまの説法に感激をしたチュンダという方が、たくさんの料理でおもてなしをしました。しかし、そのお料理がもとでお釈迦さま…

思うようにならない

思うようにならないことで、ストレスを感じます。 そもそも、生まれることも、歳を重ねることも、病になることも、やがて死にいくことも、自分の思うようにはなりません。 自身が思うようにならないのに、人が思うようになるはずがありません。 愛する人とは…

おっくうなお話

お写真は除夜の鐘のようすです。寒い中長い時間お待たせしてしまいますが、必ず一回づつ撞いていただきます。さて、長い時間のお話です。 気乗りがしないことをするのは、おっくう(億劫)なことです。「劫」とはサンスクリット語でカルパという時間の単位で…

お巡り

お巡(めぐ)りさんが着る白衣を、笈摺(おいずる)といいます。 笈(おい)とは、ほとけさまや身の回りの品を背負う箱で、背負子に箱が組み合わさったようなものですね。これを背負うときに、衣が摺(す)れないように着ていたものが本来です。 笈摺には、…

岩問山(いわとさん)

お寺から東南の方向に東漸寺の山林があり、古道を15分ほど登ったところが、奥の院、岩問山(いわとさん)です。和銅年間(708年)に行基菩薩により開かれたと伝えられ、佐世保での霊山としてはもっとも古い時代のものとなります。寛和2年(986年)…

門松が建ちました

お寺のすべてを知り尽くし、先代から現住にいたるまでお寺を支え続けていただいた方がいらっしゃいました。毎年の門松も材料の調達から建込みまで一手に受けて頂いていましたが、この夏をむかえようとするころ、急なお別れとなりました。 その意志はしっかり…

一心に祈る

興教大師 板絵 江戸期 開山忌は興教大師覚鑁上人の御祥忌です。弘法大師が入定されてから約三百年後、弘法大師のみ教えを大切に守り伝える努力をされた方です。 お生まれは現在の佐賀県鹿島市。蓮厳院という寺で幼少に修業をされ、京都仁和寺、高野山へと上…

お盆をむかえました

お盆は ご先祖さまが帰ってこられることをもって 生きる私たちが集うひとときです 集いを良いものとするには お互いを認め合うことにつきます 家庭は心と心がもっとも近く触れあって住むところであるから むつみあえば花園のように美しいが もし心と心の調和…

あれから

東日本大震災から3年がたちます。 梵鐘をならし、おつとめをいたします。 今日は、ただただ、お祈りの日といたします。

ありがとう

「人の生をうくるは難しく、やがて死すべきものの、今、生命あるは、有り難し。」 お釈迦さま 私が今の世に生まれ育つには、さまざまなつながりがあります。嫌なこと、きついことこそが私の成長に欠かせないものであるのに、好きなものだけ、楽なことだけを…

おもてなし

「おもてなし」という言葉があります。人の関係をあたたかくするたいせつな行いです。 本来「おもてなし」とは、相手をおもんぱかり、心地良くしていただくために、言葉に出さずに、ひそかにするさまざまな行いのことです。サービスという言葉には、主人と従…

開山忌報恩講がおわりました

開山忌報恩講が終わりました。布教師様としてお迎えした、寳性寺 ご住職 相川孝巠僧正。長年、御詠歌をまとめてこられました。 身と口と心の一致を願う三密修行。御詠歌は、口から発する仏さまの言葉として、とてもよい行いとなりますよ、とのお話でした。 …

根性論

若いころ「根性を入れかえろ」と怒鳴られ修行したものでしたが、このところ、「ど根性」では人の指導はできません。 そもそも根性という言葉の意味が違っています。根性とはその人が生まれ持った性質という意味です。本来は仏さまの教えを受け入れる能力がど…

掲示板

おこられるから ダメ ではなくて ダメ だから ダメ

思いどおり

昔、たいそう繁盛しているお店の、親切でしとやかで、評判のよい女主人がいた。そこで働いていた男が、あるじの親切な姿が本心なのかを確かめたくなり、なかなか起きずに、昼頃にようやく顔を見せることで試すことにした。女主人はくり返し遅刻をする男に機…

がらんどう

何もないことを「がらんどう」といいます。伽藍(がらん)とはお寺の本堂などの建物のことです。大きな建物に仏さまのみがある伽藍のようすが、何もないことに転じていったといわれます。 伽藍の仏さまの前は、結婚式や赤ちゃんの日晴れなどの喜び、厄払いや…

いろいろな仏事

み仏の世界より出でて、人生を謳歌し、再びみ仏の世界へと立ち帰る私の生命。 東漸寺では、その節目の行事をご本尊さま、ご先祖さまの御前で行っています。 日晴 生後、一ヶ月頃(例えば男児30日目、女児31日目など)に、無事に育ち始めたお祝い、並びに母親…

一隅を照らす

お大師さまと同じ時代に仏教をひろめた方に、比叡山の伝教大師最澄さまがおられます。その有名なお言葉です。 「一隅を照らす者、かれこそ国の宝である」 私たちは日々の暮らしの中で、何のために生きているのか、いてもいなくても世の中は変わらないのでは…

秋のお彼岸法要

主観とは、自分一人のものの見方、感じ方です。自分らしく生きるには、感情をいかに豊かにするかは大切で、それによってものごとの感じ方は十人十色となります。しかし、ある問題に対してのとらえ方が違えば、対立が起きてきます。問題がこじれないためには…

因縁

脱原発ができるならば、それはすべての人の共通の思いです。声高に表現できる人もいれば、今までの仕事や環境によっては、思いを表現するのに時間がかかる人もいます。もしかしたら、その人の「一生」だけでは消化できずに、世代が変わらなければ言えない場…

ほとけさま

義捐金の行方について、あれこれと考える方がいます。何に使われているのか、報告はあるのか、分配が遅いのではないか、などなど。もちろん、今の世の中、とんでもない詐欺がありますから、仕方がないことかもしれません。しかし、自分が投じたお金はすでに…

きづな

一年を表す漢字として「絆」が選ばれました。人と人の結びつき、助け合う心を示すあたたかい言葉として使われていますが、この漢字のもともとの意味は、動物をつなぎ止めておく綱とあり、不自由な意味合いを持ちます。 震災五日後、島瀬公園で街頭募金をしま…

懺悔の文

お経の始まりは懺悔の文を読みます。 我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡 従身語意之所生 一切我今皆懺悔 {意味} 私が昔から作ってきたさまざまな悪い行いは、遠い過去から積み上げられた、むさぼりの心・怒りの心・真理を知らない心により、身体・言葉・心(…

無量のこころ

一般的な数の単位は、一十百千万億兆とつづき、あまり見慣れませんが、京、垓、𥝱(秭)、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議とあり、もっとも大きいものを無量大数といいます。 仏教のことばでの無量心とは、広大でどこまでも成長し…